美しい村研究室とは

about

 

NPO法人「日本で最も美しい村」連合の季刊誌づくりを重ねて見えてくる、私たちの故郷「日本」の現代の姿。その場所だけの自然景観、人間の営み、暮らしや料理、言葉や文化の地域資源。日本の各地で育まれ、大事に残されてきた宝の数々。埃をかぶって輝きが鈍くなっているもの。一瞬に大量のストロボライトを浴びて、輝きを失ってしまったものなどを目にします。そして自分の仕事であるデザインを顧みて「何のための仕事であり、何のための命であるか」を問うことになります。
少なくともデザインとは現代性であり、端的に色とカタチで時代の要請に応える仕事。埃をかぶった都会以外の文化や暮らし。それは人間性そのものですが、そこに鉋をかけて内なる輝きを取り戻す。そのようなことを主眼に、デザインの視点で、日本で最も美しい村々に「現代性を取り戻したい」。日本各地のソフィスティケートされた繊細な文化と、それを創り出す人間性の復興にデザインで応えたい。その村々の生活が本物のアートであることを伝達する必要がある。そのような思いから、美しい村研究室(通称:村研)と名乗ることを決めました。

 

 

私の仕事が自由にする。 

 

私たちは普段、廃校になった中学校の一室でグラフィックデザインやウェッブサイトの仕事をおこなっています。NPO法人「日本で最も美しい村」連合との出逢いは2007年、ソトコト主催のロハスデザイン大賞のWEBサイト。私たちのエントリー作品の近くにあった、「日本で最も美しい村」連合のロゴマークとその理念に強く惹かれました。社会のために汗水流し、労を惜しまない大人たちが現代の日本にいたのだ。山河を守り、地域の資源を磨き、美しい暮らしを取り戻す。人間らしくものをつくり、人間らしく人に接する。私たちはこの運動に共感して賛助会員に加わりました。

 

2011年3月11日に起きた福島第一原子力発電所の事故による放射能漏れによって、連合の仲間入りを果たした直後の飯館村の土地は汚染され全村避難を余儀なくされました。本当に美しい村が、人為的な事故により半永久的に住めなくなるほどに傷つけられたことに直面し、呆然とするしかありませんでした。私たちはより深く、「日本で最も美しい村」連合の運動に関わろうと思い、季刊誌づくりを始めました。

 

2012年2月から季刊誌づくりを始めて、取材、翻訳、校正、デザイン、印刷と多くの協力者のお力を借り、「日本で最も美しい村」連合の加盟村を1カ所づつ訪ねて取材するスタイルで発行を重ねています。加盟村はどこも山深い地域や離島と自然条件の厳しい場所ばかり。その厳しく濃厚な自然の中で生活する人のお話しは、やはり濃厚で「本物のクリエイティビティとはこれだ。仕事の本質は自分で価値を生み出すことだ」と実践されてる人ばかり。大きなものに頼らず自分で「仕事」を掴み取ろうとしている人の姿。自分の仕事でしか私は自由になれないのです。

 

2016年3月24日 EXAPIECO INC. ジュリアーノナカニシ

スタッフクレジット
エディター:高橋秀子 田中里佳 渡部みのり 小林奈穂子(みつばち社) 高崎美智子 中里篤美 藤田優 柿原優紀
写真:田村寛維 佐々木健太 丸橋ユキ 中本浩平
デザイン:小瀬古智之
イラスト:中西美嘉
表紙:明光玲子(料理スタイリング)
校閲、校正:柴山悠子
英訳:細谷由依子 中西智華

季刊「日本で最も美しい村」 バックナンバー
NPO法人「日本で最も美しい村」連合とは

近年、日本では市町村合併が進み、小さくても素晴らしい地域資源を持つ村の存続や美しい景観の保護などが難しくなっています。私たちは、フランスの素朴な美しい村を厳選し紹介する「フランスで最も美しい村」活動に範をとり、失ったら二度と取り戻せない日本の農山村の景観・文化を守る活動をはじめました。名前を「日本で最も美しい村」連合と言います。

 

私たちは、小さくても輝くオンリーワンを持つ農山村が、自らの町や村に誇りを持って自立し、将来にわたって美しい地域であり続けるのをお手伝いします。具体的には、「日本で最も美しい村」のシンボルマークを、日本のみならず世界的にも観光地や文化地域としての目印にするのが目標です。フランスでは既にガイドブックや地図に載るほど有名な活動に成長しています。自然と人間の営みが長い年月をかけてつくりあげた小さな、本当に美しい日本は、いまならまだ各地に残されています。それらを慈しみ、楽しみ、そして、しっかりと未来に残すために。

 

自らの地域を愛する皆さんにご協力いただきながら、2005年10月に7つの村からスタートしました。

 

「日本で最も美しい村」連合は、仲間を募集しています。NPO法人「日本で最も美しい村」連合