葉っぱなんて



「葉っぱビジネスの町」として、度々メディアに取り上げられている上勝町。コンビニもない、レストランだって、片手で数えるほどしかない町では、パートのお仕事を探すのだってひと苦労なはずなのに、この山村ではおばあちゃんたちがいきいきとそしてしっかりとビジネスを担っている。新しいビジネスだと思われることもある上勝の葉っぱビジネスだが、実はその始まりはずいぶん前のこと。昭和56年、それまで地元の主要産業だったみかん産業が異常寒波により全滅。そこから再び前へ進むために、と始まったのが新たな産業探しだった。株式会社いろどり(当時は農協営農指導員)を率いる横石知二さんが、町のおばあちゃんを集め、4軒の生産者からスタートしたのは、昭和61年のこと。「葉っぱなんて、売れるわけがない」。そんな声ばかりが聞こえるなかでのスタートだった。

Keywords:
現場を知る 受発注内容の見える化 競争意識

横石さんは、さまざまな料亭に客として訪れ、料理に添えられる葉っぱである「つまもの」の使われ方を研究。「何より、とことん現場を知らなければという思いだった。料理は厳しい修行の世界。求めるものにも尽きないこだわりがある。求められる葉の種類、大きさなど、すべてを現場で見てきた。そして、町に戻って、そこで学んできたことをおばあちゃんたちに伝えていました」料亭に通い、山に戻ってはおばあちゃんたちと話し、「庭にこんな木を育てるといいよ」と指導もしながら休みなく働き続け、生産者は2年で44軒に増えた。「やって見せること。僕は上勝の出身ではないよそ者ですから。やって見せること、言ったことを守ること、そういうことを重ねていかないと信頼されないから」横石さんは、信頼を得るためにずっと心に持ち続けていた信念をそう語る。さらに、安定した事業にするため、通年単位で葉っぱを穫ることができるようにと、集落ごとにハウスを建てた。そして、各集落にリーダーも立てた。「当時は、町内の工場で最低賃金で労働する人も多かったんです。上勝で楽しく元気に仕事をして欲しいと思ってお誘いしても、やはり季節ごとの収穫に波があるようだと不安定な収入への不安が拭えずに参加してもらえない。だから、安定した収穫になるようにとハウス建設を進めたんです。同時に、絶対売らなきゃいけないというプレッシャーも増しましたね」さらに、より効率良くより楽しくビジネスが進むようにと、取り入れたのがITだ。「その時参考にしたのは、コンビニエンスストアの仕組みだったんです。発注内容や売れ行きなどを、みんなが見れるようになればと。最初は、『お年寄りには無理だろう』と言われていたんですが、上勝のおばあちゃんたちが負けず嫌いな性格だと知っていましたから、システムに順位が見えるなどの工夫をしました。すると、競争意識が芽生え、毎日見るのが楽しみと言われるようになりました」そして、「葉っぱなんて」、そう言われた始まりから27年。今、在籍する生産者は約200軒、そして、産業規模は2億8000万円にまで成長した。「ビジネスが大きくなっても、いつも、いつまでもそれぞれのおばあちゃんの好きなことを考え続けること。あのおばあちゃんならこれが好き。こんなふうなら楽しめるなって。それが、おばあちゃんたちに楽しく働いて、いきいきと上勝で暮らし続けてもらうための秘訣ですね」

 

TEXT & PHOTO : YUKI KAKIHARA, YU NAKAMURA

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