目に見えるものだけでなく、



平瀬定雄大鹿村の北側にある鹿塩地区には、塩水が湧き出る泉がある。古くから山塩と呼ばれて、生活に密着し、やがて浴用として使われるようになった。100年以上の歴史を持つ温泉旅館「山塩館」は、不思議な塩の原理を追い求めた男たちのロマンの結晶。先人の遺志を受け継ぎ、今も旅人たちに神秘の物語を伝え続けている。

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海から遠く離れた山の中に、塩泉があるという不思議。その理由は今なお謎に包まれている。明治8年、旧徳島藩士の黒部銑次郎は、山塩の原理を解明しようと村を訪れた。岩塩鉱の発掘を行うも発見できず、製塩を開始。明治25年に入浴利用を始めた。黒部が創業した「山塩館」は、現主人の平瀬長安さんで4代目となる。若旦那として、旅館の運営を担う定雄さんは横浜出身。93年に長安さんの長女、恭子さんと結婚して婿入りし、家業に入った。この村に来て21年になるが、今も日々新鮮な驚きがあるという。「目に見えるものだけでなく、肌で感じる空気感など、この村には言葉では言い表せない感覚的な美しさがあります」定雄さんが大切にしているのは、「地域の中にある旅館でありたい」ということ。「自分たちさえよければいいというのではなく、村の生活や伝統文化、自然景観を守ることで、地域とともにあり続けたい。そして、大鹿村にロマンを感じて訪れる旅人たちに、この村の物語を伝えていきたいですね。それが私の変わらない信念です」一時は廃れていた製塩を復活させたのも、そんな思いの表れだろう。先祖が製塩をしていた場所で、昔ながらの薪炊きによる塩づくりを行っている。山塩の神秘を追求した先人のロマンを受け継ぎ、人生をかけて次の世代につなぐ。すっかり村人となった定雄さんの表情には、力強い覚悟が見えた。

 

TEXT : ATSUMI NAKAZATO  PHOTO : KENTA SASAKI

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