家、工房、暮らし、すべてセルフビルド。そして絶景。
TA[KAG]2I タカギカグ 高木直之さん、佐知代さん
大学時代を伊那谷で過ごし、「いつかまた伊那谷に住みたい」と思い続けた高木さん夫婦。その思いを叶え、2011年3月に中川村で家具工房を、その3年後には自宅をセルフビルド。この村で得たゆるやかなつながりの中で、「本当に作りたいもの」に向き合っている。
ポールハンガーに木製の小鳥がとまっていたり、本棚が遊べる小屋のようになっていたり。「タカギカグ」の家具を見ると、心から楽しんで作っていることが伝わってきて、ほっこりした気持ちになる。妻の佐知代さんいわく、直之さんが作るものは〝かわいい系〟。女性も顔負けの細やかな感性で、機能性と遊び心を両立した家具を作っている。
「こういうのがあったら楽しいだろうな、というところから家具作りは始まります。ありきたりのものではなく、誰も作っていないものを形にしていきたいですね」
直之さんは名古屋出身、佐知代さんは兵庫県出身。二人は信州大学農学部森林科学科の同級生。卒業後、直之さんは森林関係の独立行政法人に就職し、岡山や和歌山などを転々とする。一方、佐知代さんは兵庫県の農業高校に教員として勤めていた。二人に共通していたのは、伊那谷が好きということ。「いつかまた伊那谷に住みたい」と思い続けていた。
じつは直之さんには、もう一つやってみたいことがあった。それは木工の技術を身につけること。伊那谷と木工、その二つに近づくため、伊那谷にも近い上松町に移住し、町内にある木工の技術専門校に一年間通った。直之さんだけでなく、佐知代さんも一緒に。「一緒に学んだ方が主人のやりたいことを理解できると思って」という佐知代さん。二人で工房を営む、その日のために独学で簿記も勉強した。一つひとつ着実に、前へ前へ。
「伊那谷の好きなところはやっぱり景色。山がきれいでしょう。農学部の辺りから見る山が特にきれいなんです。学生時代という楽しい時間を過ごしたところは、やっぱり思い入れも違いますよね」と佐知代さんはうれしそうに話す。


技術専門校を卒業後、直之さんは塩尻市にある伝統構法を主とした工務店で修業を始め、本棚やキッチンなど作り付けの家具づくりを担った。ちょうどその頃、直之さんには新たな思いが芽生えていた。
「自分で家と工房を作りたいと思うようになって。工務店なら大工さんの現場が見れるし、得られるものは大きいかなと」
その間も伊那谷で土地探しを進め、長野県に移住して5年目になる2010年、今の土地を見つけて購入した。二人の条件は風景がよく、近くに家がないところ。家具作りは機械の騒音が付きものなので、近隣の迷惑にならないことは必須だった。「家と工房の2軒建てるので、まとまった広さが必要でした。そうなると、ちょっとでも土地代の安いところがいい。中川村は隣の飯島町や松川町と比べて少し安かったんです」と直之さんはいう。


二人とも、学生時代は中川村についてほとんど知らなかった。だが、ほどよく便利でアクセスもよく、おまけに〝村長が移住者〟というのを雑誌で知り、風通しがよさそうなイメージを抱くように。そして、いつしか住みたい村になっていた。
中川村の南西にある飯田市に住みながら、1年間かけて家具工房を建てた後、村内の教員住宅に引っ越し、家づくりを開始。そこで思いがけない出会いがあった。教員住宅の隣に、同じ移住者で家具職人の大先輩が住んでいたのだ。それが、家具工房「アンビシャス・ラボ」を営む法嶋二郎さん。しかも、同じく家と工房を自分で建てることに挑戦していた。それからは家作りを互いに手伝うようになり、何かあるたびに声をかけてもらうようになった。そして、家具工房完成の2ヶ月後に初開催された「アトリエ開放展※」に法嶋さんの誘いで参加することに。ここで村内の作家やアーティストなど、多くの人たちと一気に知り合うことができた。「家具工房を始めたばかりの僕たちに声をかけてくださって、本当にありがたいなと。たくさんのつながりが生まれるきっかけになりました」と直之さん。「タカギカグ」は、こうして幸先のいいスタートを切った。

それから3年の月日を経て、自宅はようやく建ち、なんとか入居できるまでになった。最初はトイレの壁さえない状態だったが、ここで生活しながら、自分たちの暮らしに沿う家をコツコツと作り上げてきた。まだ完成には至っていないが、今の二人に焦りはない。
「中川村で一番気に入っているのは、自分たちの家があるこの場所。窓から外を眺めるたびに、『はあ~』って声が出てしまうんです(笑)」と佐知代さん。伊那谷に住みたいという願いを、セルフビルドという形で叶えた二人。これ以上のことがあるだろうか。
中川村はものづくりをする人たちが集まる土地。その才能が人を呼び、ゆるやかなつながりがある。直之さんが受注しているオーダー家具の仕事の多くは、そんな村内のつながりから生まれているそうだ。
「今ちょうど画家の北島遊くんの自宅の玄関を増築する計画があって、村の大工さん、ガラス作家さん、僕の3人でアイデアを持ち寄って形にしようとしています。これが形になれば、それこそ〝メイドイン中川〟ですね」

新しい土地での仕事、そして子育て。振り返ると、「移住者として、少なからず緊張感を持って過ごしてきた」と言う佐知代さん。でも最近ようやく村での暮らしも板につき、自然体でやっていける自信が湧いてきた。
「今年初めて、家の裏で畑仕事をやり始めたんです。そしたらやっぱり周りの人たちが見てるんですよね。『ネギの苗あげようか』とか声をかけてもらうことも増えてきて。一気に仲間入りした感じでうれしいですね」
これからは中川村での暮らしを、自分たちの形に作り上げていく。さあ、ここから。